2011年11月18日金曜日

副社長と社長の距離は地球の直径よりも遠い

仕事で影響を受けている人は多いが、その中で、寺澤芳男さんという方がいる。現在、日経の「私の履歴書」に連載中のあの方だ。

ちょうど昭和から平成になったころ、同氏の「ウオールストリート日記」を読んだ。まだまだ証券会社が株屋と蔑まれていたころだ。ずいぶん米国と日本は違うんだな、と思いつつ、何度も読み返しているうち、いずれ日本でも銀行に負けないプレゼンスを持つに違いない、という思いを持った。

世の中、銀行系といわれる証券会社が多くなったものの(米国もバルジブラケットもいまやそうだが)、証券会社は昔よりはるかに地位が上がったような気がする。これも寺澤さんのような大先輩が道を切り開いたからこそ、というところもあろう。

それにしても、今日の「私の履歴書」の、「副社長と社長の距離は地球の直径よりも遠い」には思わず、吹き出してしまったが、なかなか言いえて妙だ。いろいろな会社を日々見ているが、本当にそういうものだと思う。もっとも会長と社長の距離もそれに劣らず遠い会社も少なくないが。

そういえば、外資系投資銀行ではVice Presidentという職位があるが、こちらも社長との距離はあるな・・。なかなか色々な連想を働かせてくれる今日のエピソードだった。

2011年11月6日日曜日

長生きは条件付き

長生きを願う人は多いが、私の場合は、若さを保てているなら、という条件つき。


毎朝、TBSラジオの「おはよう一直線」を聞いているが、先日、南雲 吉則 先生が出演していたのを聞いて、感銘を受け、「50歳を超えても30代に見える生き方 「人生100年計画」の行程表 (講談社プラスアルファ新書) 」を発注した。

2011年11月4日金曜日

天声人語2011年11月1日(火)付:北軽井沢

そういえば先日、天声人語に北軽井沢のことが書いてあった。書き手の情景描写は美しい。道端で丸まるモミジを時折北風が転がす・・・ここに吹く風は東京で木枯らしになる・・か。なんとも言えない哀愁を誘う。あっぱれ。

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人気(ひとけ)のない別荘地で耳を澄ますと、四方の森がカサコソと鳴いている。紅葉から落葉へ、晩秋の囁(ささや)きである。靴より大きなホオノキの葉を踏みながら、北軽井沢を歩いた▼道端で丸まるモミジを、時おり北風が転がす。山麓(さんろく)の牧場では冬支度の牧草ロールが、発酵を促す白いビニールにくるまれていた。標高1100メートルの高原に吹く風は、秩父山地を越え、武蔵野を渡り、東京で木枯らしになる。小春日がうれしい霜月である▼北軽井沢が舞台の映画に、日本初の長編カラー作品「カルメン故郷に帰る」がある。高峰秀子さん演じる誇り高きストリッパーが、牧場の村に帰ったのも秋だった。公開は60年前。青空に白煙を吐く浅間山と、真っ赤な口紅の対照は、当時の地方と東京の距離でもあろう▼村での公演を渋る校長先生に、カルメンの父親が頭を下げる。「日本のど真ん中で踊ってる踊りなら、この山ん中だって立派なもんに決まってまさあ」。家を、古里を捨てた娘にも、肉親や村人は優しかった▼〈帰る家もどる巣ありて秋の暮(くれ)〉木内怜子。今年は数万人が「帰るべき故郷」や家を奪われたまま、心身にぬくもりが要る季節を迎える。国中が故郷になり家になり、被災者を支えたい▼カルメンが降り立った北軽井沢駅を訪ねた。撮影から程なく鉄路は廃止され、駅舎のみが残る。交通はバス、マイカー、新幹線と移ろい、東京と地方は似た色になった。銀幕と変わらぬ浅間山の稜線(りょうせん)を仰ぎ、転変やまない人の世の哀れを思った。